県独自の認定による「地域限定特例通訳案内士」は、地域が育て、地域をよく知り地域をガイドできる人材。
世界遺産・富士山を擁する山梨県では、県立大学を巻き込んだ官・学・民の連携で将来を見据えた地域の通訳案内士の育成が進んでいます。
山梨県・近畿日本ツーリスト株式会社・
株式会社ツーリストエキスパーツ
事業の概要と価値
海外からのお客様を各地に案内して日本の文化や歴史などの魅力を外国語で伝える通訳案内士は国家資格ですが、外国人観光客が急増するなかで、その不足が各地で大きな課題となっています。
そこで、国家試験を受けずとも県など自治体の実施する研修を受け口述試験に合格すれば、地域を限定して有償で外国人観光客を案内できる「地域限定特例通訳案内士」(以下、特例通訳案内士)制度が取り入れられ、その育成を進める地域もふえています。
通訳案内士も特例通訳案内士も、単なる観光のガイドだけでなく、旅行スケジュール管理や緊急時対応など、ツアーコンダクター的な業務やスキルも求められる仕事です。
平成30 年1 月4 日からは法改正で、資格がなくても有償ガイドができるようになりましたが、それだけに通訳ガイドの質やスキルがシビアに問われるでしょう。法改正後も、特例通訳案内士の存在価値はさらに大きくなるはずです。
山梨県では、特例通訳案内士を国際親善の一翼を担う民間外交官と位置づけ、地元山梨をよく知り、ホスピタリティやプレゼンテーション能力、柔軟性や危機対応力も備えた人材の育成をめざしています。
近畿日本ツーリストは研修プログラムの企画・運営など、さまざまなかたちでお手伝いを行い、2 年間の研修で100 人を超える特例通訳案内士が誕生しました。
ガイドスキル研修
ガイドとしての心得「おもてなし」より講師のガイド時の持ち物を紹介。
語学研修
外国人が興味を持つ「日本文化」について、説明ポイントを確認している受講生。
旅程管理研修
授業内容を英語で書き留める受講生。
事業成功のポイント
山梨県は富士山と周辺地区、河口湖、身延山などへ年間約137 万人(県民人口の1.6 倍)もの外国人宿泊観光客が訪れる観光県です。
増加する外国人観光客をもてなし、充実した旅を楽しんでもらうための受入環境整備の一環として、2015 年、「富士の国やまなし通訳ガイド特区」を内閣府に申請し、特例通訳案内士制度を導入しました。
3 年計画のこの事業では、約2 か月間で50 時間の研修を行い、すでに初年度70 名の特例通訳案内士を送り出し、次年度も68 名が研修を修了し、順次、資格登録を行っているところです。
近畿日本ツーリストでは育成事業の事務局を務め募集広報などを行うとともに、添乗員派遣や育成を専門に行っているグループ会社のツーリストエキスパーツが研修プログラムの企画・実施、講師の派遣など全面的なサポートを行っています。
ツーリストエキスパーツは、長年にわたる添乗員育成のノウハウを生かし、大阪市泉佐野市をはじめ奈良、和歌山、鳥取、福島県など多dくの自治体で養成プログラムを展開、特例通訳案内士の育成に貢献してきました。
その実績をいかし、山梨県でも地域に適した研修プログラムを企画・運営。ベテラン通訳案内士や旅程管理者、ネイティヴスピーカーを講師として語学(英語・中国語・タイ語)、山梨の観光資源、ホスピタリティ(おもてなし、マナー)、旅程管理、商品企画・セールス、緊急救命(AED の取り扱い、応急手当)を教室で学び、まとめとして実際に県内の観光地をまわる現場実習研修を行いました。
救命救急講習時の様子
AEDの取り扱い、応急手当を学ぶ受講生。
語学研修
タイ語による授業風景の様子。
語学研修
中国語による授業風景の様子。
語学研修
山梨県内観光地について専攻言語によるガイディング発表の様子。
事業の効果と今後の展望
山梨県では特例通訳案内士の育成に山梨県立大学が参画して産・官・学の連携体制を組んでいます。
同大学のカリキュラムに特例通訳士の副専攻課程が設置され、学生はそれを受講して資格取得を目指すことができ、すでに60 名ほどが受講しています。
研修を受けた資格取得者は20 ~ 70 代と年齢層も幅広く、案内ガイドだけでなく観光施設の常駐案内、店舗やホテル、ゲストハウス、2020 オリンピック事前合宿のアテンド、観光業者への講習などさまざまな場面で活躍をはじめており、県内の観光事業者とのマッチングも県主導で開催されるなど、各方面で期待がかけられています。
現地実習
ガイド役の受講生がガイディング内容を講師へ何度も確認している様子。
現地実習
山梨県特産のぶどう園で研修内容をメモにとる受講生。
現場実習
タイ語によるガイディング研修の様子。
現場実習
手水の前で参拝作法を学ぶ受講生。
山梨県観光部国際観光交流課 国際観光振興監/依田真司氏
山梨県は、構造改革特別区域法に基づく構造改革特別区域の認定を受け、県が独自に資格を付与する特例通訳案内士の養成を平成28年度から行っています。
平成28年度は70名が資格を取得し、既にガイドや講師、翻訳・通訳など様々な活動を行っています。また、平成29年度は68名が研修を終了し、順次、資格登録しているところです。「3年間で100人」が当初の目的でしたから、既にそれを超えた数の人材が育っています。
山梨県を訪れる外国人観光客の数はこの数年大きな伸びを見せていますが、数の増加ばかりでなく、団体旅行から個人旅行へ、爆買に象徴されるモノ消費から体験を求めるコト消費へと、質の変化も見られます。
古民家が連なる山間の集落を歩き、そこで素朴な暮らしを営む人々と触れ合う、そんな体験を求めて今まで観光とはあまり縁のなかった地域に大勢の外国人観光客が訪れ始めている、といった現象も起きています。これまでは、東京からガイドが添乗して、本県を通過していくパターンが多かったのですが、地域に根差し、地域をよく知る人たちがその価値や魅力を直接伝え、外国人をもてなしていくことも重要です。
どうすれば県内に長く滞在してもらえるか、富士山以外の地域も訪れてもらうにはどんな工夫がいるのか、課題もたくさんあります。インバウンド観光にまつわるこうした課題の解決や徐々に始まっている変化への対応のためにも通訳案内士の役割は大きく、活躍が期待されています。
山梨県立大学 国際政策学部 国際コミュニケーション学科 教授/吉田均氏
山梨県立大学のねらいは、県と連携した「若手」の特例通訳案内士の養成です。
本学の学生は、社会人にまじって養成研修を受けることもできるし、大学が特例通訳士の制度そのものを取り込み、「観光コース」の副専攻課程として座学や現地演習を受講することもできるのです。今後はカリキュラムを開放し、県内他大学とも連携を図ります。
山梨県ではアジア系を中心に語学学校で学び県内で大学進学や就職する留学生も増えています。いまや県民の14 人に1 人が国際結婚しているというデータもあります。
我々がめざすのは「多文化共生政策」。山梨が世界とつながり、世界が山梨を知ること。同時に、地域の人たちがもっと世界とふれあうこと。
若い人たちがその大きな架橋となってくれると信じています。